大磯ゆかりの文学者

大岡昇平全集全15巻(中央公論社/刊)
大岡昇平全集全23巻・別巻(筑摩書房/刊)



在住作家名 : 大岡昇平

著者名 : 大岡昇平

出版年 : 昭和48(1973)年~昭和51(1976)年
      平成6(1994)年~平成15(2003)年
請求記号:

  H918
  オ
 1~15
 1~24

大岡昇平は、小説家・評論家。
明治42(1909)年~昭和63(1988)年。
昭和28(1953)年から昭和44(1969)年まで大磯町東町1‐10に居住。

主な作品に小説『俘虜記』(横光利一賞)、『武蔵野夫人』、『野火』(読売文学賞)、
『花影』(毎日出版文化賞、新潮社文学賞)、『レイテ戦記』(毎日芸術賞)、『事件』(日本推理作家協会賞)。
翻訳『スタンダール論』、『パルムの僧院』。
評論『中原中也』、『アマチュアゴルフ』などその執筆範囲は多岐にわたる。
随筆『書斎の憂鬱』、『大磯奇談』、『芝生と犬と』など大磯町の記述がある。

「早いもので、大磯へ越してもう足掛け六年である。二十九年の夏は、
外国へ行って留守だったが、残りの五つの夏を、大磯で過ごしたことになる。
わが家の位置は、平塚寄りの海辺の松林の中で、江の島から相模湾に沿ってできた
所謂湘南ドライヴ・ウェイが、大磯郵便局の前で国道と合致しようとする、
その二百メートルばかり手前の山側である。」(『海辺の住まい』より)


東方の門(『島崎藤村全集 第17巻(新潮社/刊)』)
島崎藤村事典(明治書院/刊)



在住作家名 : 島崎藤村

著者名 : 島崎藤村

出版年 : 昭和27(1952)年
      昭和51(1976)年
請求記号:

 918  910.2
  シ   シ
  17   


島崎藤村は小説家。
明治5(1872)年~昭和18(1943)年。
晩年の約2年半を大磯町にて過ごした。
閑静な住宅地にある藤村邸は、小庭に様々な花が咲く三間の平屋建ての民家である。
大磯町の自宅で脳溢血のため死去し、最後の言葉は「涼しい風だね」だと伝えられている。
現在は「旧島崎藤村邸」として一般町民に公開している。

『東方の門』は藤村最後の作で未完。
序の章は昭和18年1月、第一章は4月、第二章は9月、第三章は10月に中央公論にて連載。
第三章「和尚が耳にした狭い範囲だけでも」が最後である。
幕末、明治維新と時代の流れに翻弄された青山半蔵の悲劇的な運命を描いた『夜明け前』から
題材や背景が続く作品でもある。

『島崎藤村全集 第17巻』576頁、口絵2枚、「東方の門」124頁、『「桃の雫」以後』127頁から295頁、
「集外集」300頁から576頁。
『島崎藤村事典』784頁、口絵4頁、索引42頁、年譜、藤村全集目録、参考文献、系図、巻末には
藤村ゆかりの地域の地図が記載されている。
「東方の門」は315頁から316頁、「大磯」は57頁、また大磯町にある旅館「大内館」(57頁から58頁)や
景勝地「鴫立沢」(181頁)真言宗東寺派の寺「地福寺」(186頁)など、藤村と大磯町の関わりが
深い場所についても記載あり。


娘と私 (『獅子文六作品集』第十二巻、角川書店/刊) 


在住作家名 : 獅子文六

著者名 : 獅子文六

出版年 : 昭和33(1958)年

請求記号:

 S913
 449
坂西文庫

獅子文六は、小説家・劇作家・演出家。
明治26(1893)年~昭和44(1969)年。
昭和25(1950)年から大磯町に居住。横浜生まれ。
本名、岩田豊雄。
渡仏後、演出や翻訳で演劇活動に着手。

昭和12(1937)年、岸田國士や久保田万太郎と劇団文学座を組織し、演劇関係の評論も執筆。
一方、獅子文六のペンネームで最初の新聞小説『悦ちゃん』
〔「報知新聞」昭和11(1936)年7月~12(1937)年1月〕で
好評を博し、ユーモアと風刺に富んだ明朗な家庭小説を婦人雑誌や新聞に続々発表。

戦時中、本名で戦争文学『海軍』〔「朝日新聞」昭和17(1942)年7~12月〕連載。
戦後、『てんやわんや』『自由学校』『やっさもっさ』『箱根山』『父の乳』『アンデルさんの記』等発表。
本書『娘と私』〔「主婦之友」昭和28(1953)年1月~32(1957)年4月、昭和32(1957)年新潮社/刊〕は、
初の自伝小説。346頁。
フランス人の妻との間に生まれた娘を男手ひとつで育て、再婚も経た作者の父性愛が語られる。
大磯町に転居する経緯として、本文283頁に「―静かな余生を、送りたい。そんな気持が、しきりに、
胸を往来するようになっている時に、大磯に住む雑誌関係のK君が、売家の話を、知らせてくれた。」とあり。
本作は昭和36(1961)年、NHK朝の連続テレビ小説第1弾としてドラマ化。


ブラリひょうたん(創元社/刊) 


在住作家名 : 高田 保

著者名 : 高田 保

出版年 : 昭和25(1950)年

請求記号:

 K94.1
  3
  1

高田保は、随筆家・劇作家・演出家・小説家。明治28(1895)年~昭和27(1952)年。
昭和18(1943)年から大磯町に居住。
昭和24(1949)年に町内の旧島崎藤村邸へ転居。

主な作品に戯曲『天の岩戸』、随筆集『河童ひようろん』『いろは歌留多』、小説集『青春虚実』がある。
『ブラリひょうたん』は、昭和23(1948)~26(1951)年、東京日日新聞に連載された随筆。
『あとさき雑話』から昭和24(1949)年より『ブラリひょうたん』に改題、528回にわたり断続連載された。
その大部分が、自宅である旧島崎邸で執筆されている。
戦後の世相や政治などを、風刺とユーモアに満ちた表現で批評した作品群である。

本書はその連載を収録。232頁。
本書に続き昭和25(1950)年『第2ブラリひょうたん』(237頁)、昭和26(1951)年『第3ブラリひょうたん』(231頁)刊行。
文中には大磯町に関する記述が散見される。
本書「非当世風」(132頁)には、旧島崎邸に転居した際の、島崎静子夫人とのエピソードが描かれている。
また『第2ブラリひょうたん』「藤村忌」(56頁)には、戦時中物資の少ない中、大磯町長が線香やマッチを
藤村の墓前に用意していた計らいを知り、「いい町へ来たものだと喜んだ。」という記述がある。


坂西志保さん(国際文化会館/刊) 


在住作家名 : 坂西志保

著者名 : 「坂西志保さん」編集世話人

出版年 : 昭和52(1977)年

請求記号:

 K28.1
  15
  

坂西志保は、英文学者・評論家・翻訳家。
明治26(1896)年~昭和51(1976)年。
昭和23(1948)年9月から大磯町に居住。

アメリカ留学の後にアメリカ議会図書館日本課長に就任し、日本文化に関する書籍・資料を収集。
太平洋戦争中は、在米日本人女性では唯一のケースとして拘束・抑留され、強制送還された。
主な作品に『地の塩』『時の足音』などがあり、石川啄木の『一握の砂』や与謝野晶子の
『みだれ髪』の英訳も行う(本館所蔵)。

詩、画、音楽を愛し、日本とアメリカの二か国を跨いで広く文化・社会問題について合理主義と
ヒューマニズム精神に貫かれた評論活動を展開した。
また、前述のアメリカ議会図書館に、毎年約二百冊の本を寄贈したり、大磯町の図書館活動にも協力。
その経緯から、没後には遺族から当館に故人の蔵書を寄贈していただいた。
それが当館の本館2階「まちの資料室」で所蔵している「坂西志保文庫」である。
本書『坂西志保さん』は、故人と非常に親しかった人々を世話人として発刊された。
代表的遺作を検討し、未完の「私の遺言」が選定され、収録。追憶記は故人の生涯を通じて、年代別、活動分野別に、
広くカバーした編集となっている。330頁。